VUCAの現代において経営戦略を実現させるためには、「指示待ち」の現場を変革し、社員が主体的に考え、行動するカルチャーを形成することが求められる。そのためには画一的なプログラムによる人材育成・組織開発だけでなく、その企業「らしさ」を活かした実践手法の構築が必要不可欠だ。 そこで今回は、当社の創業者でありHRIフェロー エグゼクティブコンサルタントの野口と、代表取締役社長の三坂が、「経営戦略を実現させる人材育成の要諦とは」をテーマに講演とパネルディスカッションを行った。本セミナーは「HRプロ」など人事に関するメディアを運用するProFuture株式会社と共催。以下にセミナーの内容を前編・後編に分けてお伝えする。
■主催者講演
演題/「日本企業の人材育成における最大の課題とは」
野口 吉昭 創業者 HRIフェロー エグゼクティブコンサルタント
■日本型経営としての人本主義は幻想

私どもの会社はバブル崩壊直後の1993年に創業いたしました。そこから現在に至るまでの、まさに失われた30年にわたって企業活動を行ってきたわけです。この30年間で日本企業の売上の総和は、1300兆円→1400兆円と、わずか100兆円、年率で見ると0.2%しか成長していません。一方、リーマンショック直後の2009年には、大企業の経常利益率は3.5%でしたが、2021年には9.1%に向上しています。
次に設備投資額を見てみると、1987年のバブル期には15兆円、配当金は2兆円でしたが、2021年には21兆円、配当金はバブル期の10倍の22兆円に到達しました。また自己資本比率に関しても、1975年は大企業が14%、中小企業が13%でしたが、2021年には大企業が43%、中小企業が36%と大幅に上昇しています。しかし、人的投資の要素の一つである労働分配率に関しては、2001年の58%から2018年には50%と、下がってきています。
これらのデータをまとめてみますと、日本企業はこの30年の間、資本主義として株主への配当を着実に上昇させた、つまりモノ言う株主(アクティビスト)への対応を強いられた一方で、設備投資も海外展開投資も手控え、また人への投資も疎かにするなど、未来への投資をしてこなかった、もしくはできなかった、と見ることができます。その点こそが、いわば日本企業の人材育成における最大の課題と言えるでしょう。
ここに人的資本投資という数値があります。これは<職場外研修費用比率(総労働費用をベースに)×労働費用+研修による時間的損失費用>で算出されるものです。これまでの投資額の変遷を見てみると、1995年が2兆円、2005年が2兆1000億円と、その10年間でほとんど変わりはありません。ところがその4年後、2009年には1兆6000億円となり、その後も2015年には1兆5500億円、2018年は1兆6500億円と、日本における人的資本投資は減っているのがわかります。つまりこれは、日本型経営としての人本主義が幻想になり始めてきているということです。
私には長年お付き合いさせていただいている、ある大手メーカーの方がいらっしゃいます。その方は課長時代にヒット商品を開発し、所属部署をその会社のシンボリックな事業部へと育てあげました。その後、部長、事業部長、取締役を歴任し、ついには副社長にまで昇りつめました。そんな彼も課長、部長時代には、「いかに新しい商品を生み出すか。そのためにはとにかく人材が重要なんだ」ということをお酒を飲みながら熱く語っていたものです。ところが経営者に昇りつめると、次第に事業価値を創造する以上に数値を重視するようになっていきました。それまで使ったことがなかったROAやROEといった言葉を使うようになり、いかに数値を上げるかということにエネルギーを使い始めたのです。「野口さん、仕方ないんだよ。経営者はこういう風になっていくものなんだ」とポツリとつぶやいたことが忘れられません。しかし、本当にそれでいいのかと私は思います。そもそも数値の原点は事業であり、その事業の更なる根幹は人材なのです。
■人的資本経営の実現に不可欠な人材・組織の在り方
人的資本経営の実現のためには、市場価値を主体的に創造する人材・組織づくりが不可欠であると思います。私の好きな言葉に、「顧客価値」「事業価値」「商品価値」といったものがありますが、これらの価値は「現場」から創造されるものです。そしてまたそういったミドルアップダウンの組織構造こそが日本企業の強みではないでしょうか。そういう意味でも、経営者はもっともっと現場に下りてきて、現場のリーダーと一緒に人本主義の意味・価値を再考し、積極的かつ効率的な人的資本投資を進めるべきですし、人的資本の棚卸を組織改革のコアにすべきだと思います。
人材の成長があってこそ事業が成長し、その結果、組織も成長します。そしてこの3つを同時に成長させることが、効率的な人的資本投資には欠かせません。弊社が提供しているプロセスコンサルティング型プログラム『ワークアウト』は、人材成長、事業成長、組織成長の3つの重なりを実現することが目的です。
ところで、私は大学卒業後、建築家として建築設計事務所で働いていました。しかし建築の仕事は6年で足を洗い、その後はマーケティングコンサルタントとしてビジネスコンサルティング会社に勤務。1993年に独立し、HRインスティテュートを設立しました。起業時は前職で認識・実感した「日本企業の強さは現場力」「コンテンツコンサルティングの手法は日本企業には向かない」「プロジェクトリーダーや事務局長がその後、社長になるケースが多い」などの問題意識を持っており、また建築時代にローレンス・ハルプリンの「ワークショップ」に影響を受けたことから、GEの「ワークアウト」という手法に共感し、独自のプロセスコンサルティング手法を開発したいと考えていました。それが弊社の原点になります。
『ワークアウト』で実現したかったこと、それは日本企業にコンテンツコンサルティングではなく、プロセスコンサルティングを導入することです。またプロジェクト自体が人材開発にも通じるため、「プロジェクト×研修=新たなプログラム」の実現も目指してきました。
人材開発の軸は、事業への愛情であり、またそれは事業価値の創造でもあります。だからこそ事業価値の創造を研修のコアに置くべきなのです。私は、その企業らしさへの執着が事業への愛情と大きく関係していると考えており、『ワークアウト』でもこの30年間、一貫して「事業開発」「商品開発」「組織開発」に関する実践型テーマで研修プログラムを実施してきました。
日本企業の人材育成における最大の課題は、経営者が人的投資をしていないこの現状をいかに覆すことができるか、ということでしょう。本来の人本主義というものを再構築しない限り、日本における産業構造の変化は実現できないと思います。
私からの話は以上となります。ご静聴ありがとうございました。